” 思考の整理とは、いかにうまく忘れるか、である。”
ー 本書 思考の生理学・外山滋比古より ー

思考の整理学/外山滋比古 著/筑摩書房
思考の整理とは、低次元の思考を抽象化していき、メタ化していくことにほかならない。
第1次思考をその次元にとどめておくと、いつまでたっても単なる思いつきでしかない。
整理・抽象化を高めることによって、高度の思考となる。普遍性も大きくなる。
情報のメタ化とは
・第1次情報…自然を直接に表現したもの「〇〇山は南側の斜面が砂走になっている」
・第2次情報→”メタ”情報…第1次情報をふまえて、より高度の抽象
「この地方の山は△△火山帯に属している」
・第3次情報→”メタ・メタ情報…人為としての情報は高度の抽象化へ
思考や知識の整理というと、重要なものを残し、そうでないものを廃棄する量的処理のことを想像しがちだが、本当の整理とはそういうものではなく、
第1次的思考をより高い抽象性へ高める質的変化である。
いくらたくさん知識や思考、着想を持っていても、それだけでは、第2次思考へ昇華することはできない。量は質の肩代わりをすることは困難である。
またコンピューターの出現によって、人間の頭を(知識の)倉庫として使うことに疑問がわいてきた。コンピューターのできないことをしなくてはならない。
人間の頭はこれからも、一部は倉庫の役をはたし続けなくてはならないが、新しいことを考え出す工場でなくてはならない。
工場にやたらなものが入っていては作業効率が悪い。この工場の整理に当たることをするのが”忘却”である。
頭をよく働かせるには、この”忘れる”ことが、きわめて重要である。”思考の整理”には、忘却がもっとも有効である。

東大特別講義 新しい頭の使い方
ー『思考の整理学』を読んだ皆さんへ伝えたいこと ー
コンピューターは、記憶と再生に関しては人間をはるかに凌駕している。しかし、「ゼロから考える」「先を正確に読む」「人の気持ちを察する」など、想像力を巡らせてなにかを発想することは、現時点では人間ほど正確にはできない。
何より重要なのは、記憶した情報を”忘れる”ことができないことである。
これに対して、人間の”忘れる”能力はとても高級にできている。
自分にとって無意識の価値観に合わせて有用なものは忘れず、無用なものは忘れる。すなわち”選択的に忘却する”という力を持っているのである。
ここに人間の個性が現れる。
知識はそれを持っているだけで、ものを考える手間や面倒さを省いてくれるから、知識が増えれば増えるほど、ものを考えないという悪循環が生じ”知識の量”と”思考の力”が反比例していく。
ものごとをたくさん知ることで、自由な考えというものが生まれにくくなり、クリエイティブでなくなる。
より速く情報を入れて、不要なものはどんどん忘れる。その上で必要なものを残す。そうすることで新しい発想が生まれる。
最後に外山滋比古教授は、若い人に向けて
思考と知識、想像と記憶を融合させハイブリッド化という、これまでの知性だけ、理性だけの発想では生み出せなかった、新しいエネルギーで新しい文化をつくってもらいたいと締めくくっています。

本稿は2009年7月1日に東京大学駒場キャンパスで開催された講演会をもとに再構成されたものと書いてありました。
こういう話を若い時に聴ける東大生はいいなあと思うと同時に、もう17年も前にこのような話をされていたことに人間の想像力のすばらしさを再確認した思いです。
そして、もし教授だったら、今現在起こっているAIについて、どのように考えるだろうかと考えてみました。
今起こっていることは、これよりもう少し進んでいると思われます。それはつまり、
考える人間が、(AIを利用して)考えない人間をコントロールしているということではないのだろうかということです。
考えない人間は、何でもAIを頼り、簡単にAIから情報を得ようとします。
それは便利で仕事の効率を上げるので良いことなのですが、ただこれが行き過ぎると”考えない人間”=”思考の力の弱体化した人間”を作り上げていくと思われます。
なにしろ、脳はなまけものですから、使わないように使わないようにと作用するらしいですからね。
しかも、このAIの情報が曲者で、必ずしも正確ではなく、場合によっては”考える人間”によって操作された情報も混じっているという点があって、これが問題です。
どう問題かというと、”考えない人間”は、その情報が全て正しいと思い鵜呑みにしてしまう、という弊害が起こってきます。
昨今、日本が日本独自のAIを開発しようとしています。それは他国のAIは、その国に有利なAI情報になるようコントロールされているということが起こっているからと思われます。
ということはつまり、日本の政治家や、企業なども、AIやSNSを上手く使って、自分に有利になるような情報を流すことが出来るということです。 これは”考える人間”がAIやSNSを利用して、”考えない人間”をにコントロールするということになります。
そうすると、スマホや一部のSNSのみから情報を得ている”考えない人間”をコントロールするのは、たやすいことなのかもしれません。
なぜなら、 ”自分の頭で考えたと思わせときながら、実際は他人の考えをうつし取っただけのものに過ぎない” ということに気づくほど”考えない”のだから。
もしかしたら、もうすでに一部では起こっているのかもしれないのではないのだろうか。
しかし、AIやSNSは時代の流れとして、今後ますますこれを使わずには生きていけなくなります。
そこでこれも外山滋比古教授が提唱しているように、ハイブリッド化がいいいのではないのだろうかと思われます。
これからは、AIを上手く使いながらも、自分の頭を使って、思考の力を失わずに想像力を高めていく努力が求められるのではないのだろかと、この”思考の整理学”を読んで考えさせられました。
また外山滋比古教授が語っているように若い人、小・中学生などの子供は特に、面倒でもAIなどで簡単に回答を引き出すのではなく、自分の頭を使って考える習慣を身につけてもらいたいなと思わずにはいられませんでした。
※ 詳しく知りたい方は、こちらの書籍をお読みください。
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新版 思考の整理学 (ちくま文庫 とー1-11) [ 外山 滋比古 ]
いつもありがとうございます。大変分かりやすく書かれていたので、若者ではなくても(笑)とても参考になりましたね。もっと早く読む機会があったら、もっと良かったですね、投資といっしょで