昨年だったか、ホームセンターの園芸店の片隅に、細い梅の木が無造作に置かれていました。
植木鉢にも植えられていなくて、根っこを紙で包んで麻ひもがぐるぐる巻いてあるだけで、土も干からびていました。木には花も葉もなく、まるで枯れ木のようでした。
札には「紅梅」とあり、八重の桃色の花の写真がついていました。
ちょうど梅の木が欲しかったこともあり、またこの紅梅が気の毒でもあり、連れて帰ることにしました。
さっそく庭の片隅に植えたところ、やがて葉が茂るようになりました。
ところが植えた場所が悪かったのか、昨年の猛暑で、せっかくの葉もねじれて萎れてきてしまいました。あわてて再度プランターに植え替えて、様子を見ることにしました。
やがて秋が来て葉が黄色くなり、冬には全ての葉が落ちました。紅葉で葉が落ちたのか、それとも枯れてしまったのかと案じていたところ、春になると細い枝に小さな蕾を3つ、4つ付けました。

三つ四つ紅梅咲くや生き延びて 瑚幸
みっつよつこうばいさくやいきのびて こゆき

紅梅〖春の季語・植物〗薄紅梅・未開紅
紅色の花をつける梅のこと。一般に紅梅は白梅に比べて花期がやや遅い。
王朝人はこの遅速に敏感で『和漢朗詠集』でも「梅」のほかに「紅梅」の題目をたてて区別しています。
句は、紅梅の木が何度も枯れかかるような環境に置かれながらも、がんばって生き延びて花を付けたということをそのまま詠んだものです。
「三つ四つ紅梅……」と詠めば、花はすでに咲いていると分かるので、普通は「咲く」を省略するのですが、この場合は「咲く」を強調するためにあえて使いました。
深い意味では、災害などの艱難辛苦で身も心も寒いなか、生き延びてほっと小さく笑う人の笑顔は、まるで紅梅の花のようですね、とも。

梅の花言葉は、「忠実」「高潔」「気品」です。
バラ科サクラ属で、慶事にも好まれる縁起の良い花とされています。
古くは「花」という言葉は梅を指すものであり、姿だけでなく香りも愛され、多くの歌に詠まれてきました。
菅原道真が愛した梅の木が、一夜で主のもとまで飛んでいった「飛び梅」の伝説が残っており、今も多くの天神の社には梅の木が植えられています。
いつもありがとうございます。