「悲しい時、腹が減っていると、余計に悲しくなる。辛くなる。そんな時はメシを食え。もし死にたいくらい悲しいことがあったら、とりあえずメシを食え。
そして一食食ったら、その一食分だけ生きてみろ。それでまた腹が減ったら、一食食べて、その一食分生きるんだ。
そうやってなんとかでもしのいで命をつないでいくんだよ」
田中さんのお母さんが、静かな暗い色の目でこっちを見ている。

さよなら、田中さん/鈴木るりか 作/小学館
作者の鈴木るりかさんは、小学四年、五年、六年生の時に、小学館主催の『12歳の文学賞』を3年連続で受賞し、この作品を書いたのは中学2年在学中でした。
今は21歳位でしょうか、はちきれるような笑顔の少女です。
主人公は小学6年生の田中花実は母子家庭で貧しい生活だけれど、工事現場で力仕事をしている大食いのお母さんと底抜けに明るい日々を送っています。
お父さんは生まれた時からいない。しかも、お母さんはお父さんのことを話したがらない。そのため花実は、父親は刑務所にいるのではと推察したり。
小学校のまわりに不審者が現れて、先生が注意を促すと、花実はもしかしたらお父さんかもと思ってしまうのでした。
刑務所から出てきたのか、逃亡中かわからないが、もしかしたらお父さんが私に会いに来てくれたのでは?
と思ったり、
しかし学校からの不審者情報に、「もしかしたら父かも」と思ってしまう子供は、日本全国そう多くはないだろう。
と、客観的に自分を見つめたりもします。この辺は、作家的な視点が垣間見られますね。
そもそもこの親子は、親戚もないらしく、母親の出生や育ちも花実にはよくわからないのです。ただ、さまざまな出来事や母親の言葉のはしばしから、チラチラッと垣間見えるところがあります。たとえば、
花実の名前の由来は、「花も実もある人生を」という願いを込めて名付けられたというのは表向きで、実際は「死んで花実が咲くものか」から取ったのだといいます。
お母さんにどういう意味かと聞くと、「とにかく生きろ」ということだと答えられて、いったいどういう状況で付けられたのだろうと考え込んでしまうのでした。
またこのお母さんの食べ物に対する執着がものすごくて、落ちている飴でも拾って食べてしまいます。そのことに対しては、こんなふうに言うのです。
「一度でも心底飢えた経験がある人間はこうなる。飢えは人間のすべてを奪うんだ。何を聞いても何を見ても、もう食べ物のことしか考えられなくなる。飢えは人から人間らしさを奪って、支配して、人を人でなくしてしまう……」
そんなお母さんが、新聞の記事で親の虐待で死んでしまった子供の名前を手帳に書きこんでいるので、花実がどうしてかと訊ねると、
「だって子供が親に殺されることほどむごいことがあるかい。この世で最後に見たのが自分を殺す親の顔だなんて悲しすぎるよ……」
それで、こうやって名前を書いて、少しでも魂がすくわれるように、手を合わせて悼んでいるのだといいます。
こんな会話から、こも母親の生い立ちが想像できるような気がします。
物語全体は明るく元気なお母さんと子供で、まるでコントをやっているような日常のささやかな出来事を書いているのですが、ときどきその中にとんでもなく暗く深い底なしの闇がチラッと書いてあります。
その明暗の落差から、悲しみも闇もより深く感じて、思わずぞ~~っとしてしまいます。本当に12歳の少女が書いたのでしょうか。凄すぎますね。
この本は、5つの短編からなっていますが、
「いつかどこかで」は、友達の優香ちゃんが離婚したお父さんに会うという話。
「花も実もある」は、花実とお母さんの生い立ちや、お母さんのお見合いの話など。
「Dランドは遠い」は、お金がないので友達とDランドへ行けない話。
「銀杏拾い」は、生活の足しに神社で銀杏を拾っていたら、友達が七五三に来た話。
と、4つの話は花実の視点から書かれていますが、最後の話の
「さよなら、田中さん」は、内気な少年の三上信也くんの視点で、田中さんとのかかわりが書かれています。田中さんは、信也くんにとってマドンナという感じです。
不動産会社を経営している父親、優秀な兄と姉とに囲まれて、信也くんはあまり勉強ができないので、教育に熱心な母親にどんどん追い詰められていきます。
中学受験に失敗し、川の流れを見ながら、この世界から消えてしまいたいと思った時に、偶然、花実とそのお母さんに出会うのでした・・・
その時に、花実のアパートでいっしょに安売りのおかずを食べながら、花実のお母さんがいった言葉が、冒頭に書いた「もし死にたいくらい悲しいことがあったら、とりあえずメシを食え」の言葉でした。
この話のトーンは、底抜けに明るくてたくましく生きているお母さんと花実との明るい日々ですが、取り巻く環境や人々は色々な闇を抱え込んでいるのです。それが言葉や描写のはしばしにうかがえるような仕立てになっていて、気をつけて読めば、かなり深い内容の話なのです。
それをさらっと書いているところに、作者のポテンシャルを感じました。
生きていく覚悟というか、砂利道だろうが泥道だろうが、裸足で歩いていってやるぞというような、この作者の気迫は凄まじいものがありました。
略歴に、好きな作家は、志賀直哉、吉村昭。とあります。
志賀直哉。マジか。文章の神様。元祖、人生の深~~い闇作家ではないか。
ふぅ~~~~~~~ん・・・・。
でも、この手法はやっぱりサリンジャーだよねぇ。
いつもありがとうございます。