人が住まなくなった民家を店に改築したのだろう。花のない庭には、支柱も鎖も赤く錆びついたブランコが置き忘れられていた。ドアの両側には棕櫚の木が番兵のように突っ立っている。
ドアを開けると中は、良く磨かれたダークブラウンの床に、きちんと揃えられた容器の瓶が整然と並べられている。そして、店主は客用の椅子の脇に付属品のように立っていた。
店主の理容師はかつては名の知れた熟練の理容師で、今は田舎に引きこもってほそぼそと理髪店をやっているようです。そこへ腕を見込んで、若者が遠路はるばるとやってきたのに気を良くして、理容師がぺらぺらと自身の身の上話を若者に語って聞かせているというような、どこか昭和レトロを思わせるような雰囲気で始まる物語ですが・・・

海の見える理髪店/荻原浩 作/集英社文庫
たいていの方は、なぜか、わざわざ自分に似合わない髪型をご希望になるのです。
と、まずは髪型についての理容師の蘊蓄から始まります。理容師(美容師)あるあるですね。
それから次第に理容師の身の上話を始めていきます。生まれが東京で、祖父の代から理髪店をしていたこと、戦争の話、絵描きになりたかったことなどを実に軽やかに語っていきます。僕はそれを、髪を切ってもらいながら聞いています。
後頭部の髪が櫛でぐいっと引き上げられる。毛根がつっぱるほどの力だ。逆撫でされた髪が、しゃきんという音とともに切られ、櫛から解放される。むず痒いような快感だった。
ぐいっ、しゃきん。頭をガラス製の置物のように扱われる美容師とは音まで違う。床屋というのは、こんなに気持ちいいものだったっけ。店主の腕のせいだろうか。
なんてことを考えながら、その理容師の話を聞いているんです。
昔、慎太郎狩りが当たって店が繁盛した話。腕に惚れ込んだ大物俳優や政財界の名士が店に通いつめていたという話。そのうちにグループサウンズや長髪が流行って、美容院が栄えて床屋が廃れていったこと。店が潰れたこと。離婚の話・・・と、だんだん話が重たく怪しくなっていきます。
ふつう、お客にこんなことまで話すか、と思い始めたときに、その理容師はいきなりこう言います。
じつは私、人を殺めたことがあるんです。
喉に当てられた剃刃が急に冷たくなった。店主の言葉は偶然ではなく、喉に刃物をあてがう時を狙って発したとしか思えなかった。……
「あ、マズい。もしかして、変な店来ちゃったかな⁈」
って、ふつうはそう思うでしょう。
しかし、僕は最後にこの店に来た理由を、一言、二言、話します。
そのときに、この理容師がなんでこんなに饒舌なのか、理容師が僕に問いかけたことや語りかけたことの理由など、さまざまな疑問が分かってきます。それと同時に、この物語自体の見え方が一気に変わるのです。手品師のように実に鮮やかです。上手いですねぇ。
理容師が最後に僕にいった言葉には、昭和の不器用な人間というものが上手く表現されていてしみじみとしました。
あの、お顔を見せていただけませんか、もう一度だけ。いえ、前髪の具合が気になりますもので。
他に「いつか来た道」「遠くから来た手紙」「空は今日もスカイ」「時のない時計」「成人式」などがあります。
作者・荻原浩さん
1956年埼玉県生まれ。成蹊大学卒業後、コピーライターを経て、97年『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞受賞。2005年『朝日の記憶』で第18回山本周五郎賞受賞。14年『二千七百の夏と冬で』で第5回山田風太郎賞受賞。16年『海の見える理髪店』で第155回直木賞受賞。
著書に『なかよし小鳩組』『さよならバースディ』『千年樹』『花のさくら通り』『逢魔が時に会いましょう』『海の見える理髪店』など多数。
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